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Turning Point 転機をチャンスに変えた瞬間~ビジネスの現場から~

チャンスは「まだ誰もできていないこと」にある専業主婦からクックパッドの執行役へ チャンスは「まだ誰もできていないこと」にある : フードエディター 小竹 貴子氏 チャンスは「まだ誰もできていないこと」にある専業主婦からクックパッドの執行役へ チャンスは「まだ誰もできていないこと」にある : フードエディター 小竹 貴子氏

専業主婦からアルバイトのウェブディレクター、そしてクックパッドの執行役へ。小竹貴子さんはそんな異例のキャリアの持ち主である。キャリアを切り開く過程で小竹さんはどんな価値観を大切にし、どのように決断を下していったのだろうか。現在は独立し、料理や食に関するウェブサイトの構築やマーケティング支援など、「世の中に『料理の楽しさ』をもっと伝える」ことをミッションとした活動を幅広く行っている小竹さんにお話をうかがった。
フードエディター 小竹 貴子氏

小竹 貴子氏

1972年、石川県金沢市に生まれる。 関西学院大学社会学部卒業後、株式会社博報堂アイ・スタジオにてwebディレクターとして経験を積み、2004年有限会社コイン(現クックパッド株式会社)へ入社。編集部門長を経て2008年執行役に就任。その活躍は社外でも注目を浴び、2010年「日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2011」を受賞。2012年に独立。現在は料理や食に取り組むサービスの構築支援および編集業務を行う。世の中に「料理をすることの楽しさ」を伝えることをミッションとして活躍中。2児の母。

著書

未経験からウェブディレクターに転身できた理由とは?

小竹さんのキャリアのスタートはどんなものでしたか。
私は神戸にある関西学院大学を卒業したのですがちょうどバブル景気が崩壊した後で、なおかつ大学三年生のときに阪神・淡路大震災があり、本当に就職先が全然ない状況でした。最初の就職先は、そんななかでなんとか潜り込んだ銀行系のリース会社です。当時は震災復興で大変な時期で、言われるがまま馬車馬のように働いたところ、入社した年の12月に体調を崩してしまい、年明けには親に強制的に辞めさせられ故郷の金沢へ帰りました。私としてははじめての仕事で、つらいながらも神戸の震災復興を助けたいという思いで働いていたので、すっかり仕事にも自分にも自信をなくしてしまいました。
キャリアの最初で大きなつまずきがあったのですね。
金沢では知り合いの伝手で大学教授の秘書を1年半くらいやった後に結婚し、東京へ移り住み専業主婦になりました。当初は専業主婦の生活を楽しもうと思っていたのですが、周囲の友人は20代半ばでみんな仕事が楽しくなってくる頃でした。なんとなく専業主婦生活に不満を感じて派遣社員や近くのパスタ屋さんのアルバイトをはじめ、その給料は何か仕事に役立ちそうなことに使うのがいいと思い、専門学校のウェブディレクターコースに通い始めました。そこではじめてインターネットに触れたんです。
ネットの世界で活躍する小竹さんですが、ネットデビューは意外と遅かったと。
何も知らないだけにいろいろなことが新鮮でした。昔から料理が好きだったので、専門学校の卒業試験では自分が撮影した料理写真のホームページをつくったところ、日本だけでなく香港からも「美味しそう!」というコメントがきたんです。そのとき、「自分の作品を発表して褒めてもらえるんだ!」とインターネットの楽しみに気付きました。そしてウェブ制作会社に就職したのですが、最初は何の経験もなかったので社長秘書としての入社でした。でも20人くらいの会社だったので自分から進み出ればいろんな仕事をできるチャンスがあって、社長の目を盗んでちょこちょこと制作のお手伝いをしていたら「それなら専任でやっていたら」という周りの後押しがあってウェブディレクターになりました。その頃、私がつくっていたのはレースクイーンの壁紙コンテンツで、ちょっと胸の谷間を画像加工するだけで売上が10万円上がったり(笑)。そうやって自分の仕事でお金を稼ぐという感覚をリアルに感じられたのもそのときでした。
その後、小竹さんはウェブ制作会社から博報堂アイ・スタジオに転職されています。そのきっかけは何でしたか。
やはりもう少し広く学び、チャレンジしてもいいのではないか、と思っていたときに、仕事でお付き合いのあったライターさんから「アルバイトを募集しているのでどうか」と声をかけてもらったんです。当時はインターネット広告花盛りで、新しい技術が飛び交っている環境のなかにいるだけで勉強になりました。20代のときに自分ができなかったことがやっとできるようになったという感じで、本当に楽しくお金をいただきながら修行しているような状態で、よい上司にも恵まれてアルバイトから社員へというステップを踏むこともできました。ただ、仕事にのめり込み過ぎて離婚することにもなったのですが、落ち込むより「思い切り仕事ができる」という気持ちのほうが大きかったですね