移り変わりが激しい先端技術を使いこなすには?
森正弥氏に聞く、日本の現状とテクノロジー活用術

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員・パートナー
アジア太平洋地区 先端技術領域リード
森正弥 氏

DXインタビュー

2023 Apr 26

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「DXとは何か?」「デジタルプロフェッショナルのキャリア」について、クライス&カンパニーのデジプロチームが第一線で活躍されている方々にインタビュー。今回は、先端技術領域のプロフェッショナルである森正弥氏にお話を伺いました。

Profile

外資系コンサルティング会社、グローバルインターネット企業を経て現職。ECや金融における先端技術を活用した新規事業創出、大規模組織マネジメントに従事。世界各国の研究開発を指揮していた経験からDX立案・遂行、ビッグデータ、AI、IoT、5Gのビジネス活用に強みを持つ。著書に『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『大前研一 AI&フィンテック大全』(共著:プレジデント社)、『パワー・オブ・トラスト 未来を拓く企業の条件』(共著:ダイヤモンド社)がある。

Contents
世界で出遅れていると言われる日本は、そもそも先端技術を必要としているのか。
ズームインとズームアウトを使い分けることが、先端技術活用を成功させる鍵。
2つ以上の技術+原理やユースケースをおさえておけば、時代が変わっても応用できる。
世界で出遅れていると言われる日本は、そもそも先端技術を必要としているのか。 画像

世界で出遅れていると言われる日本は、そもそも先端技術を必要としているのか。

―初めに、日本企業の先端技術活用の現状についてお聞かせいただけますでしょうか。

基本的には、「専門チームをつくり外部からも人財を登用して積極的に先端技術を活用していく企業」と、「内部的な議論は相当あるもののほぼ実際の先端技術活用には着手しない企業」のいずれかに分類されます。前者についても本格的な活用までに至らない企業が多数ですので、日本の場合は本当に先端技術を活用できている企業は少数派かと思います。

アジア太平洋地区に目を向けると、先端技術の活用度が高いのはオーストラリアと中国であり、中国はUSと比較しても格段に進んでいます。オーストラリアは公共系でもクラウド活用や巨大デジタルプラットフォーム構築が非常に進み、USやヨーロッパと比較しても先進事例に分類されるレベルです。そこと比較すると、日本は後塵を拝していることは否めないという現状です。

―そうなのですね。日本企業での先端技術の活用が進んでいないのはなぜでしょうか。

理由としては、大きく2つ考えられるかと思います。1つは、活用を推進していくための「リーダーシップの不在」です。もう1つは、「先端技術の活用をそもそも必要としていない」という根の深い話があります。ホスピタリティや運用でカバーするとか、職人や現場力をリスペクトするカルチャーがあるが故に、「先端技術だけでは人間の心を持ったおもてなしやサービス、品質には勝てない」という思いが根底にあり、先端技術を活用してレバレッジしてビジネスをグロースさせていくという発想には至らない。

先端技術の活用が進んでいない日本はダメだと言われますが、根源的には既に人によって作りこまれた品質があるからこそ、本心としては誰も求めていないということもあるかと思います。そのため、この問題は非常に複雑で難しいと考えています。

顧客体験・顧客へのサービス品質を考えた時に、人間がクオリティの最後のゲートキーパーであるという考え方が日本のものづくりの精神ともつながっていますが、それ故に先端技術を使ってレバレッジさせていくところは取り組まれにくいという背景があります。

例えば、デロイトがグローバルで実施している約2900社の企業を対象としたAI活用調査結果では、日本とそれ以外の国で明確に差が出ています。日本以外の国では、レコメンデーションや自然言語処理によるカスタマーサービス、コンタクトセンターでの感情分析等の適用が非常に多い。

一方で、日本では自動化や効率をいかに高めるか等、コスト削減のために使っている。つまり、顧客に対する価値を出す部分はあくまでも人間がやる仕事であり、それ以外の部分をいかに効率化・構造化・自動化・コスト削減していくかに技術活用がある点が日本の特徴です。

人間がお客様へのサービスを担保していくのではなく、先端技術と人間の職人技術を組み合わせてより良い顧客サービスが提供できるという方向付けがなされると、「先端技術を使った価値創出」という話になってくるかと思っており、このマインドチェンジは必要かと感じます。

例えば、良い横綱になるには体・技だけではダメで、心も鍛えないとという日本独特の「心技体」の考え方がありますよね。体だけレバレッジするならクラウドサービスであり、技だけレバレッジするならAIだという話をした時に、「心も含めて全部揃っていないと」と結局どれも使わない状況が起きています。

それが日本でクラウドやAIの活用においても苦戦している要因でもあろうかなと思います。「心技体」がそろってこそ大成するという考え方は素晴らしいことですが、ビジネスのグローバルでのコンペティションという観点ではブレーキとして作用してスケールする方向には働いていないのかもしれません。

ズームインとズームアウトを使い分けることが、先端技術活用を成功させる鍵。 画像

ズームインとズームアウトを使い分けることが、先端技術活用を成功させる鍵。

―日本企業が先端技術を活用していくためには、どうすれば良いでしょうか。

問題意識を持つ日本企業は増えつつあり、DX推進部署や先端技術を活用する専門部署の新設も進んできていますが、お悩みを聞いていくと「ユースケースがわからない」という課題がよく出てきます。

これは、担当者がどのようなユースケースがあるかわからないというケースもあれば、業務や事業を行う現場サイドにユースケースをつくってもらいたいけれど、つくってくれないという現場の巻き込みに関する問題もあります。海外ではユースケースが深堀されていない中でも「これでやってみよう」と進めてしまうところがありますが、日本の場合はお客さんに細部のクオリティを届けることに全社員がコミットしているので、そのクオリティを下げるわけにはいかないという部分が根強くあり、自社の業務プロセスにフィットするものが良いとか、より深いユースケースを考えないとダメだと思っているように感じます。

ではどうすれば良いかというと、具体的に業務とフィットさせたユースケースを考えて全社でコンセンサスを取れる方法は存在します。例えば、軸に分けて考えていくことです。1つの軸は、「会社の戦略や方針に沿っているか」「ビジネスインパクト」「データや取引先企業、人材が揃っているか」という3つの観点で、プライオリティを決めていく。もう1つの軸は、技術の活用パターンを識別できるかどうか。

例えば、AIの適用を可視化・分析・検知自動化・予測・最適化の5パターンに分類し、自社のこの業務を5パターンで改善していく時にどういったユースケースがあるかを考え、戦略・インパクト・フィージビリティで優先順位をつけていくアプローチを取ると、一段二段深いユースケースをつくることができます。

ただ、実はここにも罠があって、細かい場合分けをしてユースケースをつくっていくと当然小粒なものになり、「そんな小粒なものには投資できない」という議論が始まっていくことがあります。自社のビジネス・業務へのフィッティングを求めるあまり、ズームインしすぎて小粒化してしまう。

そのため、ズームインしてユースケースを詳細にしたあとには、ズームアウトしていく必要がある。例えば、ユースケースを具体量産化してROIが明らかになったあと、今度はユースケースをグルーピングしていき、エグゼクティブの決裁が必要なレベル感になるまで束ねて大きくしていく。投資の意思決定はユースケースにするのではなく、リターンの規模が相応になるグループへの投資として判断していく。その作業が必要になります。このズームインとズームアウトを使い分けることができれば、全社の中で現場へもエグゼクティブ層にもコンセンサスを取って意思決定ができるようになります。

ズームインができている企業は非常に多いのですが、ズームインで実際に投資ができている企業の多くは役員が現場たたきあげの方々であったりして、現場の問題意識を共有しているので、ズームインでむしろスムーズに決裁が得られやすい。ただ、今は経営が現場と距離があったり社外から来るプロ経営者が増えたりしているので、ズームインだけでは投資判断の遡上にのれない。ズームインとズームアウトの両方が必要になってきているのは、現代的な課題かと思いますね。

―日本人は「失敗を恐れる」というマインドの問題もあると聞きますが、いかがでしょうか。

「うまく失敗できるかどうか」というのは意外と組織としての能力が必要だと思います。「失敗してはいけない」とか「リスクが高すぎる」というように失敗を避けてきたが故に、いざこれはやろうとなったときに、失敗経験が無いため、困難にぶつかった際に大きなダメージを皆が受けるということが起きる。
小さくても色んな失敗体験を多く積んでおくと、どんな対策をしておくとリカバリがしやすいのか、どんなプロジェクトを並行して走らせておくと失敗しても無駄な投資ではなくて、意味のある投資の中で、かつ失敗しても大丈夫になるか、というようなレジリエンスなマネジメント力が上がっていくと思うんですよね。身近な判断を厳格にやり過ぎて、失敗経験を積んできていないが故に、その能力が足りていないというのはあると思います。柔道もスキーも、転び慣れていないと転んだ時に大怪我するのと同じです。

―他にも、先端技術活用という観点で重要なポイントがあればぜひお聞かせください。

よく課題として「自社に人材がいない」と言われますが、実は業務で使う機会が無いだけで大学で学んでいた等の先端技術に詳しい社員は相当数いることも少なくありません。知識がある社員が結構いるにも関わらず、その存在が社内で知られていない、活躍の機会を与えられていないという問題があります。

ではどうするかというと、先端技術活用のコミュニティを社内でつくっていくことが大事です。そのコミュニティが土台となって、技術活用も検討でき、実行することが可能になります。彼らは自社のことも業界のことも顧客のことも知っているので、コンサルティングファームやITベンダの人が外から来るよりも上手く先端技術を自社にフィットした形で使いこなせる可能性があります。そういう方を見つけてコミュニティをつくることが重要であり、私もその観点で伴走支援をさせていただいています。

また、先端技術の活用を3つの適用スコープに分け、それぞれで活用を進めるというアプローチをご提案することがあります。「1.自社をレベルアップする」「2.顧客への価値を変えていく」「3.業界を変える」のどれを実現したいのか。

1は効率化・可視化・自動化などが該当します。2はお客さんへのサービス改善や、新しいサービスをつくっていく。3は取引先も含めた新しい業界のゲームロジックをつくっていく話であり、例えば最近ではブロックチェーン、Web3、メタバースの活用等が該当するでしょう。ブロックチェーンも内部の効率化にも使えれば、お客さんへの新規サービスにも使える、業界にも使えるのですが、「ブロックチェーンを使う」という観点だけで考えてしまうと、どれかのスコープに飛び込んでしまってそこでの限定的な検討にとどまってしまう。

この1~3の順に、時間もかかり巻き込むレイヤーも増えて難しくなると同時に、与えられるインパクトも大きくなりますが、1~3それぞれでの活用を考えながら、それぞれのスコープでの適切なリソースの割り当てや管理も実行し、成果も多段階でだしていく。そういうアプローチも重要かと思います。

デジタルプロフェッショナル支援チームの転職支援とは?
2つ以上の技術+原理やユースケースをおさえておけば、時代が変わっても応用できる。  画像

2つ以上の技術+原理やユースケースをおさえておけば、時代が変わっても応用できる。

―技術の変化スピードが激しい中で、私達はどうビジネスパーソンとして技術と向き合い、どう技術を習得していけば良いのでしょうか。

現在の先端技術のジャンルはAI・5G・IoT・量子コンピューティング・XR・メタバース・デジタルツイン・ブロックチェーン・web3と様々あり、これら全部をおさえるのはかなり無理があるので、自分が好きな技術を選ぶと良いと思います。

ただ、1つしか技術を持っていないとどんな課題もその技術で解こうとしてしまうので、複数おさえておいた方が良いです。例えば、AIと量子コンピュータは相性が良い組合せです。答えを高性能で計算して出してくれるのが量子コンピュータである一方、機械学習ベースのAIは原理的には正解を出せない技術であり、「この顔の写真がこの人である可能性は99.999%」というのは出せますが、100%にはならない。原理的には「やたら当たる占い」と同じとも言えます。多数のドローンがぶつからずに安全に空を運行できるルートを計算させるには、絶対間違えないように量子コンピュータを使うのか、誤差がでても安全圏だと考えてAIを選ぶのか等、特徴やコストも考慮した上で技術を使い分けるという観点では非常に良い組み合せだと思います。

また、新しい技術とよく言われますが、デジタルツインはデビッド・ゲレルンター氏が「ミラー・ワールズ」という著作でその概念を1991年に紹介していますし、ディープラーニングの論文も1960年代には書かれています。リカレントニューラルネットの論文にいたってはウォーレン・マッカロックとウォルター・ピッツという研究者が1943年に出しています。理論としては昔からありました。基本や原理的なことをおさえておくと、その考え方自体は何十年にもわたって使えます。

あとは、やはりユースケースが勝負と言えます。ビジネスニーズがあるところにユースケースがあるので、どういうところにテクノロジー活用の可能性があるのか、自分のビジネスの回りで把握しておくと良いですね。そうすれば、先々どんなテクノロジーのトレンドが来ても説明できますし、活用できるのではないかと思います。

―エンジニアの中には、特定の技術を究めていくと、その技術が枯れた瞬間に市場価値が無くなるのではという不安を持つ方もいるようです。この点については、いかがでしょうか?

確かにそれは一理あると思います。20年以上前にはニューラルネットワークは冬の時代でしたが、今はバリバリ使われているので、技術にはタイミングもあるかと思います。本来は、原理的なものをおさえておけば幅広く応用可能ではありますが、とは言え限界はあるので、少なくとも2つ以上は技術を持っておいたほうが良いかと思います。

また、技術は使われなくなったとしてもユースケースはずっと残るものなので、研究者やピュアな技術者は別として、それ以外の人はユースケースに関心を持っておくのが良いと思います。

―最後に、この記事を読まれている方へのキャリアアドバイスをぜひお願いします。

この20年間でテクノロジーがマーケットのディスラプションを起こしてきたケースが様々あり、その類型が段々見えてきたと感じます。それによって、テクノロジーを活用したビジネスがどのようにマーケットに影響を与えて変えてしまうのかというストーリーやジャーニーをつかみやすくなってきたと思います。

それは、経営戦略やシナリオを考える時に絶対必要となるものなので、テクノロジーの詳細にまでは入っていかないとしても、テクノロジーがディスラプションを起こしたウーバーやアリババ等の事例について概念化しておさえておくと、テクノロジーに対する親近感は湧きやすくなるかと思います。また、SFが好きという人は多いと思うので、初めはそういった興味関心から入っていくというのもありですね。我々が生きる現代社会が、徐々にSFの世界に近づきつつあると思いますから。

構成:神田 昭子
撮影:波多野 匠

※インタビュー内容、企業情報等はすべて取材当時のものです。

この記事を書いたのは・・・

ハイクラスの転職支援を行う人材紹介会社クライス&カンパニーのデジタルプロフェッショナル(通称:デジプロ)支援チームです。私たちは、デジタルテクノロジーの力でDXをリードする方々のネクストキャリアを本気でご支援しています。本サイトでは、DX領域の第一線で活躍する著名な方や各企業のCIO・CDOに直接お会いしてお話を伺い、自らコンテンツを編集して最先端の生の情報をお届けしています。ぜひご自身のキャリアを考える上で活用ください。直近のご転職に限らず、中長期でのキャリアのご相談もお待ちしています。 転職・キャリア相談はこちら

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