ユニ・チャーム株式会社
「共生社会」の実現に挑む、 大手日用品メーカーのDXとは
ユニ・チャーム株式会社
理事 共同CDXO(Chief DX Officer)
兼 グローバルフェミニンケアマーケティング本部長代理 兼MDX本部長代理
今川 高博 氏
DXレポート
2024 May 21
創業63年を超えるユニ・チャームは、多様な人々が互いに尊重しながら自分らしく暮らせる「共生社会」の実現を目指し、ウェルネスケア、フェミニンケア、ベビーケア、Kireiケア、ペットケアの分野でプロダクトやサービスを進化させ、生活者ひとりひとりのライフタイムバリューの最大化に挑んでいます。そんなユニ・チャームのCDXOを務める今川高博氏に、DXで何を果たそうとしているのか、詳しくお伺いした内容をリポートします。
Profile
ユニ・チャーム株式会社
理事 共同CDXO(Chief DX Officer)
兼 グローバルフェミニンケアマーケティング本部長代理 兼MDX本部長代理
今川 高博 氏
2001年ユニ・チャーム株式会社に入社。2004年より国内フェミニンケア事業である生理用品ブランド「ソフィ」を担当し、2010年より中国の現地法人でブランドマネジメントを5年半担当。
帰国後は、グローバルのソフィブランド戦略を推進しながら、2016年より新規事業プロジェクトに手を上げ、共生社会研究所と共に新しい商品とサービスの開発を行う。
新規事業のグロースを経て、2023年より新組織であるMDX本部の立ち上げを行い組織を率いている。
- Contents
- DXによって顧客のライフタイムバリューを最大化する
- リアルとデジタルを連動させて、女性の「不」を解消
- 顧客の「第六感」を探り出すためのプラットフォームを築く
- ミッションにかなうものであれば、1→10→100まで挑める場
- 勉強会を終えて/クライス&カンパニー松永(コンサルタント)
1. DXによって顧客のライフタイムバリューを最大化する
――企業によってDXの定義は異なりますが、御社はDXをどのように捉えていらっしゃるのでしょうか。
今川 まず前提として、当社、DXに関わる組織は「DX推進本部」と「MDX本部」があげられます。DX推進本部は、もともと情報システム部でBPR領域を得意としていた組織であり、業務改革をはじめとしたデジタライゼーションをかねてより手がけています。一方、MDX本部は2023年に新設した組織で、今回は、私が中心となってリードするこのMDX本部について具体的に説明します。
MDX本部が担っているのは、DXによって顧客のライフタイムバリューを最大化することです。MDXというのはMarketing by DXの略であり、この言葉が意味する通り、DXによって顧客のインサイトを掴み、新たな価値を提供していくことを追求しています。
しかし、生活者の方々が抱える潜在的な欲求、我々はそれを「第六感」と呼んでいるのですが、この第六感というのはきちんと言語化されて表に出てくるわけではありません。そこで、デジタルを駆使してそれを捉え、顧客が認識していない、あるいは諦めているような問題を解決する新規事業領域を創り出し、新たな顧客体験を提供しようとしているのです。
――いまMDX本部が推進していることが、ユニ・チャームならではのDXだというわけですね。そもそもMDX本部はなぜ発足したのでしょうか。
今川 当社は「共生社会」の実現をミッションに掲げ、これを果たすことで世界一の企業になることを目指しています。「共生社会」というのは、赤ちゃんからお年寄りの方まで、老若男女がお互いを慈しみ支え合うことで、自分らしく暮らし続けることのできる社会です。そして当社は、あらゆる世代を対象とした生活必需品をグローバルに展開しているメーカーであり、こうした社会の実現に貢献できる企業です。事業を通して世界中の人々の生涯に寄り添い、顧客の「不」を解消するような商品やサービスを提供し、誰ひとり取り残されることなく、すべての人のライフタイムバリューを最大化することで「共生社会」がもたらされるのだと考えています。
顧客のライフタイムバリューを向上させるためには、従来のようにベビー用品や生理用品など、プロダクトごとに縦割りで事業を営んでいては限界があります。事業を横断して、顧客起点でそれぞれの価値をつないでいく機能が必要であり、それを担う組織としてMDX本部が設立されたのです。ですから、我々にとってDXはあくまでも手段であり、その本質は新たな顧客価値を創造するためのマーケティングなのです。
2. リアルとデジタルを連動させて、女性の「不」を解消
――今川さん率いるMDX本部が手がけているDX施策について、具体例をご紹介いただけますか。
今川 先ほど、すべての人々のライフタイムバリューの最大化を目指しているとお話をしましたが、まずは人口の半分を占める女性に着目して新たな価値の創造を図っています。私は“ソフィ”という生理用品ブランドのマーケティング責任者も兼任しているのですが、初経から閉経まで40年ほどあり、これほど長期間にわたって日常的に使い続けていただけるブランドというのはなかなかないと思います。一方、生理についての知見を深めるにつれて、“ソフィ”が提供できるソリューションは女性が抱える悩みの一部にしかお応えできていないことを痛感し、私としては忸怩たる思いでした。
一例ですが、生理にともなうPMS(月経前症候群)や更年期障害など女性特有の体調不良に悩まされている方は多いですが、多くの方が仕方ないと諦めています。それが生活の質の低下をもたらし、家庭内のパートナーとの関係悪化につながるケースもあって、この問題を解決できれば「共生社会」に波及していくはずだとずっと考えていたのです。
――生理が女性にもたらす「不」を、DXによって解消しようとしているのですね。
今川 もともと、DXが台頭する以前からこのテーマには取り組んでいました。私は、10年程前に “ソフィ”のブランドマネージャーとして、新規事業の可能性を社内に訴求しました。PMSなどの不調はホルモンバランスの変化に起因しており、女性の“おりもの”からその兆候を探れるのではないかという仮説を立て、大学の先生方と共同して研究を進めていました。その過程で“おりもの”の中に妊活タイミングを知るうえで重要な物質が含まれることを発見し、この成果をもとに新たに開発した商品が「ソフィ 妊活タイミングをチェックできるおりものシート」です。
妊活に悩む女性の方は多く、排卵日をチェックできる検査薬はあるものの、日常生活の生理用品で妊活タイミングを予測することができれば、本当に価値のある「不」の解消につなげられると考えました。一方で、当社は女性の身体の情報を正確に把握していただくため、「生理日管理アプリ“ソフィ“」を2021年から提供しており、すでにユーザーは100万人を超えています。ユーザーの行動を分析すると、生理日の管理だけではなく、特に20代後半から30代の方が妊活のタイミングを調べるために利用しているケースが多いことがわかりました。
ならば、「妊活タイミングをチェックできるおりものシート」というリアルなプロダクトと、「生理日管理アプリ」というデジタルプロダクトを連動させれば、妊活で悩みを抱えているより多くの女性に価値を届けることができると思いました。これは、メーカーである我々ユニ・チャームだからこそ果たせるDXだと捉えています。
3. 顧客の「第六感」を探り出すためのプラットフォームを築く
――デジタルだけで完結せず、リアルなプロダクトで問題を真に解決できることに、御社のDXの要諦があるということでしょうか。
今川 はい。我々としては、デジタルプロダクトだけで収益を上げるつもりはありません。広告モデルも採用していませんし、有料課金の仕組みも導入していません。あくまでもデジタルは、顧客と深く関わっていくプラットフォームを築くためのものであり、ここから冒頭にお話しした顧客のインサイト、すなわち「第六感」を探り出してリアルなプロダクトやサービスの開発につなげていきたいのです。この取り組みも当社だけで閉じることなく、同じ志を持つ他社とも連携して新たなサービスを創出し、「共生社会」の実現に寄与していきたいと考えています。
――お話のあった顧客の「第六感」というのは、どのように探り出そうとされているのですか。
今川 サービス開発において一般的な“デプスインタビュー”を実施すると、ユーザーの方々はどうしても身構えて本音を隠してしまうケースが見受けられます。よって、アプリ上での普段のやりとりから顧客の心理を探り当てるプロセスを現在開発しているところです。顧客と強い関係性を築いた上で、アプリのUXを邪魔しないコミュニケーションを設計できれば、その中で顧客が秘めている思いも明らかになり、実態が見えてくると考えています。
単に顧客のビッグデータを分析して示唆を得るのではなく、顧客の「第六感」を探り出すところからデータ設計しています。データサイエンティストも外部に任せるのではなく、しっかりと目的を理解して取り組めるよう内製化を図っています。
――MDX本部が新たな価値創造を進めていく上で、現在どのような課題に直面されているのでしょうか。
今川 顧客のインサイトを捉えて、新規のプロダクトやサービスを生み出すまでのスピードがまだまだ不足しています。現状の当社が抱えるケイパビリティだけでは、スピーディーな開発が難しいと考えています。リサーチや企画、開発などの担当者が最初から集い、インサイトの探索から関与して、アジャイルでMVP(Minimum Viable Product)開発を回していくようなやり方にしないと、まったく進みません。よって、そうしたプロセスに精通し、自ら推進できる人材の重要性がいっそう高まっており、体制をさらに強化していくことが課題です。
――MDX本部からユニ・チャーム全体に変化を及ぼし、新たなカルチャーを築こうとされているのですね。
今川 そうです。世界一の企業になるために、ユニ・チャームはミューテーション(突然変異)をもっと起こしていかなければならないと考えています。このMDX本部がドライバーとなって各部門に影響を及ぼして、MDX本部で経験を積んだ人材が、社内の各所にスピンアウトしてResearch by DX やDevelop by DXなどを立ち上げ、デジタルを軸に連携しながら顧客起点での価値創造を追求していくような、そうしたカルチャーを醸成できれば、きっとユニ・チャームにしか提供できないプロダクトやサービスが続々と形になり、当社が目指す「共生社会」の実現につながっていくのだと思っています。
4. ミッションにかなうものであれば、1→10→100まで挑める場
――MDX本部がこれからどんなことに挑戦しようとされているのか、今川さんが描くビジョンを教えてください。
今川 先ほど、顧客と深く関わるためのデジタルプラットフォームを築いていくという話をしましたが、このプラットフォームをさらに強化し、そこから得られる顧客のインサイトに応えるプロダクトやサービスをどんどん開発していきたいと考えています。
たとえば、女性の幸福な暮らしを支えていくというテーマひとつとっても、妊活に関するソリューションはすでにリリースしましたが、その後の妊娠や育児というイベントにおいても女性の方々は不安や悩みを抱えていますし、さらに不定愁訴や更年期障害などの身体的不調の解消など、当社が解決すべき問題はまだまだ残されています。それだけ未踏の市場が広がっているということであり、今後はヘルスケア領域にもスコープを広げて他にはないソリューションの開発に挑んでいきます。
――では最後に、御社でDXを担う醍醐味について今川さんの想いを聞かせてください。
今川 やはり「共生社会」の実現という、意義のあるミッションに自分のキャリアを捧げ、新たな価値の創出を実感できることが当社でDXに携わる醍醐味だと思っています。このミッションにかなうものであれば、どんなことにも挑戦できますし、1から10、10から100までずっと自らの手でリードできます。しかも、MDX本部は社長直轄の組織であり、トップの後押しもあって大胆に投資してもらえる環境にあります。当社のミッションに共鳴できる方であれば、これほどやりがいをもってプロダクトやサービスを創り出せる場はないと思います。
一方で、MDX本部はまだ発足したばかりです。どのようにDXを駆使してプロダクトやサービスを開発するかという方法論がまだ確立されておらず、カオスなのが実情です。そうした状況も、私を含めてメンバーはみんな楽しんでいます。さらに、先ほどお話ししたようにMDX本部からユニ・チャーム全体に変化を波及させていきたいので、キャリアが本部内だけで閉じることはなく、ここでの成果をもとに自ら新事業を立ち上げて率いることのできるチャンスも十分にあります。こうしたフィールドに魅力を覚える人材をさらに募り、一緒に世界一を目指していきたいと思っています。
5. 勉強会を終えて/クライス&カンパニー松永(コンサルタント)
今川様がミッションとして掲げる「共生社会」の実現について語る姿の、自分たちにしかできないという自負や強い意志、ぶれない力強さが印象的であった。
顧客からの要望に応えるだけでは顧客の期待を超える感動を生み出すまでには至らない。だからこそ、ユニ・チャームは顧客の第六感をデジタルを活用してとらえていく、そして顧客自身が諦めてしまっている不の解消に取り組んでいく。「大手メーカーのDX組織」というイメージをいい意味で裏切られる熱量の高さを感じた。
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