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EVENT REPORT

2023 Feb 02

プロダクトマネージャーのハードシングス
~ハードシングスをどのように乗り越えてきたのか?そしてその先に見えたものとは~

登壇者

クライス&カンパニー 顧問 及川 卓也

株式会社10X Founder,代表取締役CEO 矢本 真丈氏

株式会社Shippio CPO 森 泰彦氏

※今回のイベントは、冒頭に登壇者お三方の自己紹介からスタートし、その後及川氏のモデレートにより、プロダクトマネージャーのリアルなハードシングスについて活発なパネルディスカッションが行われました。以下、一部抜粋してお届けします。

どんなハードシングスを乗り越えてきたか?

及川

まず、お二人がどんなハードシングスを乗り越えてこられたのかお聞かせください。

矢本

創業期にBtoCの献立アプリであるタベリーという事業を行っていましたが、今はネットスーパーを立ち上げるStailerというホールプロダクトをエンタープライズの小売企業にBtoBで提供しています。

2020年にタベリーをピボットして3か月後には完全に閉じるという意思決定をしまして、その時いただいたお客様の声が身につまされるものでした。 

私はタベリーのユーザーの声もよく聞いていたので、実際に人の課題を解決できる手応えは強くあった一方で、事業としてキャッシュを生み出していくところまではかなり遠いなと思っていました。

「集中と選択」でリソースを寄せるためにプロダクトを閉じる意思決定をしたのですが、ユーザーの皆様からはお問合せフォームやTwitter等で大量の声をいただき、一度始めたものは会社と同じで永続的に続けていく覚悟が問われるものだと強く実感しまして。

次は、誰か一人でも喜んでいるものを簡単に閉じてしまいたくない、そのためには1つのプロダクトや事業を提供する段階から、それが人の問題を解決しているだけではなく、運営する我々も継続的に事業が営めるような財務基盤を整えていくことも含めて、プロダクトを出す覚悟を問われることを痛感した、非常に印象的な出来事でした。

及川

まだStailerは実態ができていなかったと思うので、生みの親としてはタベリーの収益を上げていく方に行きがちではないかと思いますが、決断に苦しさはあったのですか?

矢本

そこは経営者や起業家としての自覚が強くあって、「10xを創る」という僕らのミッションにどちらが近いかと考えると、Stailerのほうが圧倒的に可能性はあると判断しました。

タベリーで「広告課金モデル」「ユーザー課金モデル」「ネットスーパーや生協に直接ユーザーを繋いで手数料をいただく」等の様々な収益モデルを検証する中で、最後の手法が一番市場は大きいとわかっていました。

タベリーでも注文完結機能を提供していたものの、ピークのデイリー件数が100件程度だった一方で、Stailerでネットスーパーのアプリを2020年にリリースした際に、初日の注文数が数倍で3日後にはさらに初日の3倍を超えていて。

ユーザーにとって一番大きな「買い物」というペインを実際に解決できるのはStailerだなと如実に見て取れたので、これは経営として意思決定すべきだなと決断した形でした。

及川

タベリーを閉じるのではなく、事業売却という手段は考えられなかったのですか?

矢本

タベリーを閉じますと発表した後、実はオファーは多数いただいたのですが、すべてお断りをしました。それは、「献立をつくる」というユーザーのペインを解決するものに育っていた一方で、ネットスーパーで買い物するインフラを世の中に整えられていないことに気づいたためです。

そもそもネットスーパーは、注文した後に欠品が起きて「その商品がありませんでした」と言われることがある唯一のECで、まだ基本的な体験が十分なレベルに至っていません。「いつでも、ほしいものが確実に買える」という基本的な問題が解けたら、再びタベリーに取り組める機会もあるかもしれない。

一度は閉じるものの、僕らとしてはまたやる可能性もあるよねという判断でした。

私は、プロダクトコアが曖昧なまま進んで組織崩壊まで至ってしまった話をさせていただきます。Shippioの事業は、国際物流のオペレーションのみでなくプロダクトも提供しており、従来の物流よりも効率的に運用できる点がお客様にとっての提供価値になっています。 

私がジョインした頃は、デジタルフォワーディングのプロダクトはまだ黎明期でしたが、コロナ禍のタイミングで案件数が一気に数倍になりまして。会社も私もこれはPMFしたなと判断し、セールスはThe・Modelのような動きにシフトして、オペレーションやプロダクト開発はお客様に向き合うというよりもユニットエコノミクスの話をし始めてしまいました。

私自身も顧客価値の探求について言語化できていない自覚はありつつも、売れているし走りながら言語化していけばいいかと進んでしまっていました。その後、コロナバブルは終焉を迎えて伸びが鈍化し、2021年から国際物流業界が不況になると、我々も事業目標は高いものの目標に届かない月が増えてきまして。売上をつくるためにプロダクトでお客様の目先の課題を解決するも効果が出ない。

セールスの現場からはこんな竹槍では戦えないという声が出始め、プロダクトメンバーからは何回リリースしても効果が確認できず手触り感がないという声があがり始めて、メンバーの離脱が続きました。

それで「このまま進んでも道はない」と考え、経営陣に私の方から「プロダクトは直近の3ヶ月は売上貢献しません。その間に課題探索と仮説検証に集中して、6ヶ月後に追いつきます」という話をして、本来初めに「やるべきこと」をようやくやったという形です。

バーニングニーズを特定してプロダクト改修を入れたことと、同時にセールスの売り方が進化したことで、また伸び始めるという結果に至りました。あの時、あらためて顧客課題に向き合っていなかったらまずかったなと考えております。 

ただ、顧客課題探求の暗中模索も私と他のメンバーとでプロジェクトのタスクフォースという形で進めたのですが、私も経営陣に「3ヶ月でやります」と約束した手前まったく余裕もなく、独裁的に進めてしまった部分がありました。

「森さんは昨日言ったことと今日言うことが違っていて、行ったり来たりしている」と見られてこれだけが理由ではないですが、ここでもメンバーの離脱があり、課題は特定できたが私ひとりが残るという事態になりました。今振り返ると、タスクフォースを組んで民主的に進めるのは立ち上げのフェーズではスピードが出ないのでやめた方が良いかと思いますし、そもそもこういう状況に至らないために「やるべきこと」をやり続けることが大事だと思います。 

プロダクトマネージャーとして当たり前の話ですが、誰の何を解決するのかという明確化を妥協してはいけない。プロダクトの価値をシャープにしなければいけないと頭ではわかっていたものの、やはり怠ってはいけないなというのが学びでしたね。

及川

私も昔よく「良いプロダクトづくりは合議制ではできない」という話をしていました。もう一歩踏み込むと、一人でないとできなかったのか、複数のメンバーがいても向かう先を定義できずに森さんがリードしてしまったからなのか、どちらだと思われますか?

一人でないとできないということは無いと思います。課題探索する中でリードする人が「こっちに向かうぞ、なぜならこうだから」という話をしっかり皆にできさえすれば、足で稼げる量も頭で考える量も増えるので良いと思いますが、常々言語化して説明するというオーバーヘッドはかかるので、特にスタートアップで時間が本当に無い時は一人で進めた方が良いかと思います。

及川

なるほど、よくわかります。誰かがいることによって考えを言語化して伝えるという、暗黙知を形式知にすることで暗黙知が補強されることがあるので、コミュニケーションコストはあるものの、自分のためにも第三者を含めると良いケースもあるかと思いました。

矢本

PMFまでのフェーズでは、最少人数が意思決定に関わっている状態の方が探索に時間を使えるので良いかと思います。

当社の場合は私がプロダクトマネージャーで共同創業者がCPOなので、経営陣2人で話した上で解像度を揃えて下におろすことが常でしたが、会社の転換期にボトムアップ的に森さんから経営陣に伝えること自体が非常に難しいことだと思っていて、どうやって経営陣に必要性や理解を仰いだのか聞いてみたいです。

当時の経営陣がCEO・COOと私という形でしたので、このままではまずいという共通意識はできていましたし、お客様の目先の課題の解決だけでは何も動かないというところは何度も話していたので、説得には特に苦労しなかったですね。ただ、6ヶ月後に追いつけるかどうかはわからないけれども「やるしかない」というところでした。

及川

ある程度のポジションで参画しても、信頼貯金が無いまま今までの方向を変える提言をするのはなかなか難しいものですが、今のお話からすると、森さんは既に期待も信頼もされていたので、色々議論はあったとは思うもののスムーズに進んだのかなと想像しました。

ハードシングスとの向き合い方

及川

ハードシングスを乗り越えたからこそ見えた教訓や、ハードシングスがもし今度来た時にどんな動きをしたら良いか、などについてお二人からお話いただければと思います。

ハードシングスに至ってしまった場合は、顕著化した事象だけ解決しようとしても結局解決には至らないので、やるべきことに今更と思わずにあらためて向き合うことが大事だと思います。

何事も遅すぎることは無いですし、「前に自分がこう言ったから、今更違うとは言い出せない」という無駄なプライドは要らないと思っていて、物事をあやふやにせず、結果トレードオフが発生するなら全関係者で合意するという基本に立ち返ることが重要です。 

私がマイクロソフト時代に初めて担当したOfficeプロダクトの話ですが、当時はちょうど各国の開発拠点での開発からUSで集中的にプロダクトを開発する流れに変わってきており、日本の開発部隊の存在意義を示すために「日本発の日本人のためのグローバルプロダクト」をつくろうという動きになりまして。

お客様の課題から始まったものではなく内向きの要件が大上段にあったので、「誰の何を解決するのか」という共通言語をつくりきれないまま進んでしまい、自分も新米PMで「これがプロダクトコアです」と言い切ることができずに、プロダクト開発もうまく進まず、誰も自分事化できないプロダクトになりました。

その失敗体験が、私のプロダクトマネジメントの礎になっています。内向きの事情から始まったとしても、「このプロダクトは誰のどんな課題を解決するものなのか」という言語化の徹底をしなければいけないことを新卒で経験できて良かったなと思っています。

矢本

先ほどのタベリーの話で言うと、続ける覚悟が問われるということです。プロダクトは使ってくださるユーザーの方々がいて初めて存在しているので、その方々からすると期待を裏切られるという話になる。一企業の1つの振る舞いによって誰かの生活を変えてしまうかもしれないという、その覚悟や意識をレッスンとして受け取ったと思っています。 

もう1つの学びは、昨年半年間ほどHR本部長を兼務して組織移行のプロジェクトを率いた経験です。2021年末にプロダクトでお客様やパートナー企業との信頼に根底から関わる大きなインシデントを起こしてしまい、リカバリに向けて事業やプロダクトのみならずコーポレートの人達も巻き込み、どうやってセキュリティや品質を担保するかを議論した結果、組織移行に行き着きました。

フェーズやユーザーや解く問題の深さによって、SoE(人がそれを使うことでエンゲージメントされる)とSoR(正確にレコードが記録される)という2つの性質がどの程度重要なのかを自認した上でどういうプロダクトをつくっていくのか、という察知や対処を間違えると我々のようなインシデントは避けられない。

それが事業を止めてしまう原因にもなり、お客様やユーザーへ明確にダメージを与えてしまうなと。「SoE」「SoR」をいかに区別して開発・運用・提供していくか、そのために我々はどういうマインドの割き方・組織・予算の持ち方・牽制関係でやっていく必要があるのか、そこまで考えてプロダクト組織をつくって開発していかないと期待に応えられないことを実感しました。今は社内でも共通認識の用語として「SoE」「SoR」を用いた開発を行っています。

※参加者からの質疑応答のコーナーもあり、オンラインながら皆様の熱気が伝わってくるような、大いに盛り上がるイベントとなりました。

 

構成:神田 昭子

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