EVENT REPORT
2025 Feb 25
大企業におけるプロダクトマネジメントの実態
登壇者
クライス&カンパニー 顧問 及川 卓也
Zen and Company 代表取締役、日本CPO協会 常務執行理事 宮田 善孝氏
※今回の汐留アカデミーは、以下のアジェンダで登壇者によるディスカッションが繰り広げられました。
■大企業PMとスタートアップPMの違い
■大企業ではどんな人が活躍し、苦労するのか
■プロダクトマネジメントに本気な会社とそうでない会社の見極め方
■質疑応答
本セミナーレポートでは、当日の内容から一部抜粋してお届けします。
――パネルディスカッション
山本
本日の司会を務めます、クライス&カンパニー山本と申します。ご登壇いただいたお二人に質問をさせていただきたいと思います。最近はプロダクトマネジメントの重要性が広く認識されるようになり、スタートアップのみならず、日本の伝統的な大企業でもプロダクトマネージャー(PM)へのニーズが大きくなっています。そうした大企業のPMには、どのような役割が求められているとお考えですか。
宮田
スタートアップはまったく何もないところから事業を起こさなければなりませんが、大企業はすでに基幹ビジネスを一定規模にまで成長させており、だからこそ今の地位があるわけです。その過程で得たビジネスの知見とかノウハウとかネットワークとか、さらには豊富な資金や優秀な人材だとか、スタートアップからしたらもう喉から手が出るほど欲しいアセットを山ほど抱えている。
しかし、それを基幹ビジネスにオーバーフィットさせているのが現状であり、デジタル化することでどのような変革がもたらされるのか、デザインしきれていない。そのアセットのアロケーションを変えるだけで、ユニコーンレベルの事業を起こしうる潜在能力を持つ大企業は多々あると思っています。私が仮にそうした企業に入社してPMを務めるならば、まずそこからアプローチしますね。
及川
宮田さんがおっしゃる通り、日本の大企業のポテンシャルはきわめて高いと思います。私もこれまで、日本を変えるのはスタートアップだという思いのもと、起業家の支援やエンジェル投資に力を注いできましたが、日本の社会は大企業のほうが経済に与えるインパクトは大きい。
大企業のリソースをもってすれば、スタートアップに負けるはずがないのに、数年前に創業したばかりの新興企業に市場を奪われているような企業も見受けられます。だから大企業にも頑張ってほしいですし、何ならすでに存在している優秀なプロダクトを真似てもいいと思うんですね。
事実、いまの大企業は高度成長期に海外のプロダクトを果敢に模倣し、さらにそれを上回るプロダクトを創り出したことで大きく伸びてきたわけじゃないですか。覚悟を決めて本気を出せば、どんな市場でもおそらく勝てる。ただ、ポテンシャルを発揮させるためのハードルはやはり非常に高いと思っています。
山本
大企業が本来のポテンシャルを発揮できないのは、何が障壁になっているのでしょうか。
及川
やはり大企業は組織が硬直化していることが多いので、それを動かすのが難しいと思いますね。スタートアップはそもそも組織が整っておらず、これから事業を創ってくのでPMの裁量も大きく、会社そのものを動かしやすいのですが、大企業だとそうはいかない。ですから、プロダクトマネジメントへの理解がまだない大企業でのPMの役割は、社内に影響力を行使して組織を変えていくことが求められるのではないかと思います。
新規性のあるプロダクトを創り、既存の市場をディスラプトしようとすると、ステークホルダーとの間でのコンフリクトが生じがちです。それを克服するためには、高いビジョンを掲げて周囲に理解してもらい、ときにはロビー活動のようなことを行ってルールそのものを変えていかなければならないこともあり、そうした姿勢も大企業のPMには必要ではないかと思いますね。
宮田
大企業が大企業たる理由というのはやはり存在していて、それを理解せずに発言したり行動すると、やはりハレーションを起こしてしまいます。いままで培ってきた歴史や伝統があるので、そこに対してまずリスペクトし、これからやろうとしていることにギャップはないのか。ギャップがあるのならば、それを埋めるために何をすべきからかという順序で物事を考えければ、やはり大きな成果はもたらせず、最悪、会社に対する不平不満を言うだけで終わってしまう。
一方で大企業はスタートアップよりはプロセスがかなり整備されていると思うので、それを理解した上で、従順に乗っかるべきところは乗っかり、飛ばすところは飛ばしていくなど、うまく取捨選択して進めていくことが重要だと思います。
山本
お二人のお話うかがっていると、そもそも大企業には豊富なアセットがあり、それを生かすも殺すもその方次第なのかなと感じました。その際、社内を巻き込んで仲間を増やしていく能力が重要だと思うのですが、いかがでしょうか。
宮田
その通りだと思います。顧客志向で新たな価値を持つプロダクトを創っていくためには、きちんとビジョンを掲げて仲間を作っていかなければなりませんが、スタートアップと違って人材は豊富なので、大企業のほうがやりやすいように思うんですね。そこで失敗しがちなのが、ビジョンのないままプロダクトマネジメントを進めてしまうこと。いまあるアセットを最大限活用しようとして、それをベースに発想するとうまくいかないケースが多い気がします。
まず、何を実現したいのかをきちんと見据えて、そのために活用できるアセットが何なのかという思考回路に変えると、きっと組織を動かす歯車がかみ合い始めるんじゃないかと思いますね。
及川
先ほど宮田さんもおっしゃっていましたが、大企業はやはり社会的な存在意義があるからこそ発展することができたわけです。その会社の理念や沿革などをきちんと理解した上で、これまでの事業にソフトウェアやデジタルを掛け合わせてプロダクト化すると、もっとすごいことが起きますよと社内にプレゼンしていくことが大切。
その際、ソフトウェアの世界の専門用語で説明するのではなく、その企業で昔から使われている平たい言葉に置き換えて説くと、一気に理解度が高まって同じ志向を持つ仲間も増え、組織も動かしやすくなるのではないでしょうか。
山本
大企業でプロダクトマネジメントを進める上では、高い資質と能力が求められるように思います。及川さん宮田さんクラスの方なら可能でしょうが、一介のPMが大企業の変革をリードしていくのは相当ハードに映りますが、いかがでしょうか。
及川
入社してすぐに変革を起こすことを期待されれば、私も成し遂げられる自信はありません(笑)。プロダクト組織が整っていない大企業だとオンボーディングも不十分でしょうから、まずは自分の役割を定義し、最初はオペレーショナルエクセレンスを図って現場の困りごとを解決するところからプロダクト化するのが良いと思います。そうして現場が抱える課題を解決することが、外様として入社した自分が会社の実情を理解する機会にもなる。
いきなり大物を狙うのではなく、現場レベルの小さい取り組みで確実に成果を出し、組織にそれを示すことで理解の輪を広げ、徐々に大きく仕掛けていくのが大企業のPMでは有効だと思いますね。
宮田
大企業であろうとスタートアップであろうと、PMが果たすべきプロダクトマネジメントは基本的に変わらないと思います。そのための知見やノウハウは、すでにいろんな所でテキスト化されており、容易に学習できる環境が整ってきている。ですから、まずは自分が得た知見やノウハウを現場で実践してみることが大切であり、それを繰り返していくことで生きた知恵となり、企業を変革する力が養われていくのではないでしょうか。
及川
PMはプロダクトを作り育てることとともに、プロダクトを作り育てる組織を作り育てることも重要な役割です。おそらく大企業はまだ組織が育っていないケースが多いと思うので、この両輪をちゃんと回していくことを意識することが大切だと思いますね。
――参加者からの質疑応答&ディスカッション
Q
大企業のPMとスタートアップのPMは似ているようで、別な競技である気がします。同じ人材が活躍できるものでしょうか?
宮田
先ほどもお話ししましたが、PMが果たすべき役割、たとえばビジョンを示し、ロードマップを描き、達成すべきゴールに向けて関係者をマネジメントしていくという業務自体は、大企業だろうがスタートアップだろうとあまり変わらないと感じています。要素としては一緒なので、置かれた状況に合わせてアジャストして適応させるだけだと思います。
及川
PMが果たすべき役割という観点で言えば、最近は生成AIが台頭し、PRDやカスタマージャーニーなどを作成する際に活用すれば、結構適切な回答が返ってくるんですね。私より優秀じゃないかと驚かされることも多くて、生成AIがさらに進化すると、単なるPMは不要になってしまうかもしれない(笑)。
しかし、先ほど言及のあった、大企業のPMとして求められるプレゼン力であったり、組織を巻き込む力というのは、生成AIに問うても具体的なアドバイスは返ってこない。ここだけはAIに置き換えられない部分であり、まさにプロダクトマネジメントの本質だと思うんですね。
宮田
私も同じ考えです。及川さんもよく「愛されるプロダクト」を謳っていらっしゃいますが、やはりプロダクトはユーザーに愛されなければなりませんし、それを開発運用するPMもプロダクトへの愛がなければならず、PM自身も周囲から愛されなければならない。
そのためには、PMが個人としてのパーソナリティを思い切って出していくことが大切。それを表出させる場がプレゼンであったりするわけで、自分の意思がこもるところに重点を置いてプロダクトマネジメントを展開していくことが、よりいっそう重要になっていくのではないでしょうか。
及川
プロダクトを創っていく時、周囲に説明して理解を得るためのロジックが重視されますが、生成AIによってロジックを構成する部分は非常に楽になっています。したがって、それ以外でいかにプロダクト開発の推進力を生むかということが大事であり、それは大企業のPMでもスタートアップのPMでも共通して求められることなので、PMのみなさんには意識しておいていただければと思います。
構成:山下 和彦