社会課題をAIで解決していく。まずは「介護×AI」の領域から。
及川
まずは石山さんが率いるエクサウィザーズについてご紹介いただけますか。
石山
当社は2017年の10月に「エクサインテリジェンス」と「デジタルセンセーション」という2つのAIのスタートアップが合併して生まれました。デジタルセンセーションは静岡大学発のベンチャーで、エクサインテリジェンスは京都大学や大阪大学のAI研究者たちが関西で立ち上げたベンチャーです。
我々はAIがもたらす社会的な価値を大変重視していて、世の中が抱える課題をAIで解決していくことをコンセプトに掲げています。たとえば、いま超高齢社会を迎えて介護が大きな社会問題になっていますが、我々は「介護×AI」でその解決に挑んでいます。
社名にある「ウィザード」は「達人」を意味する俗語です。我々の業界では、コンピュータを知り尽くした優秀なエンジニアのことを指しますが、あらゆる業界に「ウィザード」の方々はいらっしゃると思います。介護を熟知されている方もそう。
我々は、そうした世の中のさまざまな現場で活躍されている「ウィザード」の方々とコラボし、お互いの優れた知見を融合させて社会をより良くしていきたいと思っています。
及川
具体的にはどんな事業やサービスを手がけていらっしゃるのでしょう。
石山
企業のお客様がビジネスにAIを容易に導入できる仕組みとして、独自に開発したexaBase(エクサベース)という機械学習のプラットフォームを提供しています。
しかし、こうした汎用的なプラットフォームを展開するだけでは、社会課題の解決にはなかなか繋がらない。それでいま力を入れているのは、さまざまな領域に特化したAIのソリューションを創り出していくこと。さきほど触れた介護に加えて、医療やFintech、HR Tech、さらにはロボットの領域でAIをどう利活用できるか、いま追求しています。
これらのテーマはすべて社会課題に繋がっていて、介護や医療は世の中の人々が豊かな人生を送るために欠かせないものですし、増大する社会保障費を抑えるためにFintechはきっと大いに活用できる。
また、労働人口の減少に対応して生産性を向上させるためにはHR Techが必要であり、人手不足解消のためにロボットの導入も推進していかなければならない。そこにAIを絡めて、これからの日本に求められるイノベーションを起こしていきたいのです。
及川
御社の事業は、機械学習の汎用的なプラットフォームとバーティカルなSaaSを創るモデルなのですね。さきほど「介護×AI」の話がありましたが、個人的にも非常に興味深いテーマです。
石山
介護の世界ではいま「認知症情報学」という学問分野が注目されています。医療の世界では「エビデンス・ベースド・メディスン(科学的根拠に基づく医療)」が当たり前ですが、認知症の介護ではまったく行われておらず、解析する余地すらなかったのが実情でした。
しかし機械学習の進化によって、ケアをしている動画などの非構造データをそのままディープラーニングで解析できるようになった。その結果、どんなケアをすると、要介護者の方々が良好な反応をするのかを掴めるようになり、良いケアとは何かを科学できるようになったんですね。
及川
その認知症の介護のAIソリューションは、いまどこまで完成されているのですか。
石山
このソリューションは3つの要素から成り立っていて、ひとつは、そもそも介護をエビデンスベースにしていかなければならないということで、その解析にいま注力しています。
弊社の場合、「ユマニチュード」というフランスで発案された認知症ケアメソッドを基にしています。「ユマニチュード」は「見る」「話す」「触れる」といったマルチモーダルを重視するメソッドですが、その五感に対する複数の入力をどうコントロールすれば介護拒否などの行動や心理面に現れる認知症の症状を緩和できるのか、それによってどう介護者負担がなくなるのかについて解析しているところです。
そして、エビデンスベースで立証された良いケアを普及させていくのが次のテーマで、そのために取り入れているのが「コーチングAI」という技術です。介護の達人が行っているケアをAIが学習して初心者に教えるというもので、スマホでケアをしている動画を撮って送ると、AIがエビデンスベースで評価して改善点を自動的に返すという仕組みを開発中です。
さらにもうひとつ、認知症の方への介入効果を予測することも重要です。たとえば、これまで要介護度4の方へ介入した結果、要介護度4のままだと介入効果を評価できなかったのが、AIによる予測では要介護度5になるはずだったことが分かれば、介入効果があると判断できる。それをAIで解析し、認知症への介入効果を可視化するシステムの開発も進めています。
及川
認知症というのは人間にとって最も不幸な終末だと思います。肉体は健全なのに精神が崩壊していくのは、本人も家族も本当に辛い。いまや認知症は世界的にクローズアップされていますし、社会課題としては非常に重要なテーマですね。
石山
世界を見渡すと、認知症ケアにはいろいろなメソッドがあるんです。
我々が取り組んでいるのはフランス発の「ユマニチュード」ですが、アメリカでは「バリデーション」、イギリスでは「パーソン・センタード・ケア」あるいはオランダでは「ビュードゾルフ」と呼ばれるモデルが注目されていて、何が本当に優れたケアなのかがまだ判っていないのが実情。
こうしたケアのメソッドを機械学習で評価する取り組みはまだグローバルでも例がなく、我々もいろんなモデルを検証して最適なメソッドを確立し、世界に提示していきたいと思っています。