「契約」が、新しいビジネスを抑止するような方向に働いてはいけない。
及川
御社はリーガルテックの領域のスタートアップ企業ですが、具体的にどのような事業を営まれているのでしょうか。
板谷
我々はリーガルテックのなかでも契約関連のプロダクトを手がけています。契約はあらゆるビジネスにおいて必須のものであり、けっして法務部の専任事項ではなく、取引を進める事業部も含めて全社が関わることになる。ですから、専門性の高い契約書を、専門家ではない人が作成して交渉を進めるというケースが多分に発生するんですね。これをシステムの世界になぞらえると、ローコード開発ツールが求められているということ。
ビジネスの現場は業務を革新できるソフトウエアを必要としているのに、それを開発できるエンジニアは限られている。契約も同じで、ビジネスで必要なのにドラフトできるのは弁護士など一握りの専門家だけ。そうした人材でなくても契約が作れる、昨今のIT業界でローコード開発と言われる文脈が、契約の世界にも押し寄せているのです。それを自然言語処理技術で実現していくことが、我々の追求するリーガルテックです。
及川
板谷さんは弁護士のご経験があり、法律の専門家でありながらITにも精通されています。ご自身のご経歴と創業の経緯をお聞かせいただけますか。
板谷
もともと私はITとは縁のない人生で、司法試験に合格後、日本有数のローファームである長島・大野・常松法律事務所で5年間、弁護士を務めていました。そこでは、ずっと同じ契約をクライアントの取引のたびに作っているような状況で、社会全体で契約に関する知見が共有されていないと感じたんですね。他方、弁護士業務の中で気づいたのは、契約というのは定型化されているということ。
この会社を創業したのは2018年ですが、当時、自然言語処理が実用化に近づいていて、アメリカで中学校の入試の問題を自然言語処理アルゴリズムが高い精度で解いたというニュースに触れ、機械学習と自然言語処理を駆使すれば、専門性がない人でも契約を扱えるようになるのではないかとMNTSQを立ち上げました。
及川
Forbes JAPANのサイトに掲載されていた板谷さんのインタビューで、あるベンチャーの融資に対するエピソードをご紹介されていましたが、それが起業の大きなきっかけになったのでしょうか。
板谷
ええ。弁護士時代にある金融機関を担当し、界隈で有名なベンチャーに融資する案件に関わったんですね。私は金融機関側の弁護士なので、膨大な契約条項を設けて、特定の条項を組み合わせると判例に照らし合わせて何時でも返済を求められる、という金融機関に有利な契約を作ったんです。それが弁護士の常套手段なのですが、細かく読み解かないとまず気づかないような内容で、弁護士として良い仕事ができたと意気揚々としてそのベンチャーの創業社長に契約を提示しました。
すると、すぐにその方から電話があり、「板谷先生、ありがとうございます。あなた方を信頼していますので、これでお願いします」と。通常であれば数カ月もかけて交渉する案件が、社長の一言で即決。その時、とても後ろめたい気持ちになって、自分は何のために社会に存在しているのかと、強い自責の念に襲われたのです。
彼が挑もうとしているビジネスは社会的な価値があり、一方、私は契約の小難しさを笠に着て、どうでもいい条項操作でそのビジネスを妨げようとしている。本来の契約行為は、事業の当事者であるお互いが協力して、社会を良くするためにあるべき。しかし、契約の難しさがアンフェアさをもたらす温床になっており、専門性がなくても当事者同士が契約を結べるようにしなければ、世の中のコラボレーションの質が上がらないと強く感じたのです。
及川
御社のサイトを拝見させていただくと、冒頭に「すべての合意をフェアにする」「契約のあらゆる課題をテクノロジーの力で解決する」と掲げていますが、これが企業としてのミッション・ビジョンなのでしょうか。
板谷
そうです。我々は「すべての合意がフェアになる社会であるべきだ」という信念のもと、それをプロダクトで実現したいと思っています。リーガルテックと言うと、法律の小難しい課題を扱っているように映りますが、我々がやりたいのは、誰かと誰かが約束して同じ方向を進むことが、低いコストかつ速いスピードで実現できる社会をテクノロジーの力で実現すること。アルゴリズムの良い点はフェアなところであり、誰が使っても同じ結果が出る。その上で、すべての合意をフェアにできるプラットフォームを創りたいのです。