私がリクルートで採用業務を担当していた時代、採用部門は創業者である江副浩正社長の
直轄部隊に位置付けられていました。
江副さんは企業の成長において採用がいかに重要かを顧客に説くだけでなく、
自社でもそれを実践し自ら採用の先頭に立っていました。
お金のかけ方も半端ではありませんでした。
当時、リクルートが人工衛星を購入し、朝日新聞や日経新聞など大手新聞の一面に
大きく取り上げられたことがあります。
掲載されたのは8月で、採用活動真っ盛りの時期。これは意図してやったことで、
採用活動がピークの時期に話題をつくり注目を集めるために購入したのです。
おかげで我々採用担当者は非常にやりやすくなりました。
費用は10億円かかったと聞きましたが、採用への効果を考えれば「そんなの、安いものだ」と。
なお、人工衛星の使い方もちゃんと決めないままの購入だったそうです。
その頃のリクルートは1000人を新卒採用するために、採用費をおよそ80億円使っていました。
1人あたり実に800万円かけた計算です。中途採用についても計算してみたことがありますが、
1人あたり約2200万円の採用費をかけていました。
そうやって莫大な採用費用をかけた結果はどうなったか。
もう創業から50年以上が経過した現在も、
リクルートは時代の先端的な領域で高収益なビジネスを展開しています。
それは多大な手間と費用をかけて採用した優秀な人材がいま活躍しているからで、
江副さんの採用戦略は成功だったと言えます。
このケースは極端ですが、やはり優秀な人材を採用しようとすれば
それなりに費用がかかるのは確かです。
もちろん給与を大盤振る舞いせよという話ではなく、自社の都合だけを押し付けていると
ずっと欲しい人材を採用できなくなってしまう、ということです。
相手の希望水準と、自社の出せる水準、そして転職市場における適正水準のなかで
落としどころを探らなければなりません。
人材に関して「安くて良い」は超若手を除き、基本的にあり得ません。
給与がすべてではありませんが、良い人が欲しいなら良い給与を出さなければダメです。
もしその原資がないのなら、社長が自分の給与を削ればいい。
あるベンチャー企業の社長が、我々が紹介した外資系企業に勤務する候補者を
非常に気に入ったことがありました。
ただ、採用予算は500万円なのに対し、候補者の年俸は600万円。
しかも他のITコンサル会社から700万円のオファーが出ていました。
「本当にこの人が欲しいのなら、最低でも700万円出さないと来ません。
出せるなら800万円出したほうがよいですよ」
私がそうお伝えしたところ、なんと社長は会長と話し合い、
自分たちの給与を100万円ずつ削って700万円のオファーを出しました。
多額の設備投資が必要なビジネスで会社はまだ赤字でしたが、
どうしてもこの人が欲しいと考えたためでした。
そんな経緯もあって、候補者はこのベンチャー企業への入社を決意しました。
結果、この候補者の活躍ぶりは目覚ましく、「彼の入社によって会社上場が1年早まった」
と社長は高く評価しています。
給与水準は会社規定や他の社員とのバランスも大切ですが、
「絶対に欲しい」という人が現れたら先払いするくらいの感覚で、
なんとか工夫して出すべきだと思います。