諏訪 貴子 氏プロフィール
ダイヤ精機株式会社 / 代表取締役
ハイクラス転職のクライス&カンパニー
公開日:2018.03.02
ダイヤ精機株式会社 / 代表取締役
Interview
よく覚えているのは、中学の時、塾のクラス分けの試験で成績優秀者の選抜クラスに入れなかったことがあったんですね。悔しくて泣きながら家に帰ると、父から「自分の努力が足りないからだ。そんなことで泣くんじゃない」とひどく叱られて……てっきり慰めてくれるのかと思っていたのでショックだったのですが、確かに父の言う通りだと。そこから自分が変わったんですね。私はもともと負けず嫌いなんですが、他人に負けるのは悔しいと思わなくなりました。それは私が努力を怠っただけ。でも、自分の努力が足りないがために目標をかなえられないのは本当に悔しいと、そう自然と感じるようになりました。
ええ、ライバルは自分しかいないと思っていますし、まわりの方々が成功すれば素直にうれしい。経営者としては特殊なのかもしれませんが……。
父は意識していたかもしれませんが、私自身はまったく考えていませんでした。それこそ当時は、大企業に入って、永久就職のための「三高」の男性をつかまえて、寿退社するイメージでした(笑)。そんな私が40代後半のこの歳になって、いま夢を持って前に進んでいる。当時の私からすれば信じられない。ですから、若いうちは夢なんて持たなくても大丈夫。逆にいまの若い人は、「夢を持ちなさい」と言われることがストレスになっているようにも思います。
私も20代のうちは、まわりからやれと言われたことを必死でやっていただけですし、30代になってダイヤ精機を継いでからも、この会社を潰さないためにやらなければならないことに必死で取り組んできた。そして40代になって、ようやく自分の夢が見えてきたという感じです。もちろん、若いうちから夢を持って進める人は素晴らしいと思いますが、全員が全員そうじゃない。そんな方も目の前のことを一生懸命やっていれば、いずれ必ず夢と出会えると思います。
父に乞われて入社しましたが、あくまで総務の一社員として勤務しました。父は役員として入れたかったようですが、私は前職を2年で辞めていて、そんな社会経験のほとんどない人間が役員を務めるのは変ですし、新入社員のつもりで仕事に取り組もうと。ですから社長と一社員という関係でしたが、やはり父親ということで社長に物申せるのは私の特権だと思い、社員さんと同じ目線で社員さんのために進言しようと、現場の声を父に伝えることに努めていました。
実はその前から父は肺がんを患っており、治療を続けていったんは収まっていたのですが、それが骨髄に転移したんです。父が倒れて入院した時、医師からは余命4日だと宣告されました。その時はもう悲嘆に暮れて……実は当時、メーカーに勤めていた主人がかねてから希望していたアメリカ赴任が決まり、私も息子とともに同行する予定でした。それが、突然父が亡くなって、残された会社のことを考えなければならなくなった。最初は主人が「自分がやってもいいよ」と言ってくれたのですが、経営者の家庭というのは多額の借入れを抱えているのが常で、私はそれが当たり前の状況で育ったので何とも思わないのですが、サラリーマン家庭で育った主人はきっと相当のプレッシャーを感じるだろうと。無理を強いるのも申し訳ないので、主人には「自分の夢を選んでください」とアメリカ赴任を奨めました。そして、いまいる社員の中で誰か継いでほしいと相談したところ、私にやってほしいとお願いされて……どうすべきなのか本当に悩みました。
実は、父は生前、当時まだ小学生だった私の息子に跡を継がせたいと考えていたんです。彼が大人になるまで、私が中継ぎで社長をやることになるかもしれないと思っていて、主人のアメリカ赴任もせっかくの機会だからと、渡米後に向こうでMBAを取ろうなどとも思っていました。しかし事態が急変し、いま継ぐべきかどうかの決断を迫られることになった。その時、強く思ったのは「自分が後悔しない道を進みたい」ということ。将来、自分が継ぎたいと思った時には、もしかしたらもうこの会社はなくなっているかもしれない。社員もみな辞めずに残ってくれましたし、父が創ったこの会社を存続させたいという気持ちもありました。自分に社長が務めるとはまるで思っていませんでしたが、やらないで後悔するのだけは嫌だと、そんな思いで会社を継ぐことを決めました。社員みんなの前で「私が社長をやります」と告げた時の光景は、いまでも脳裏に焼き付いています。
社長に就いてすぐ、低迷していた業績を立て直すために、5人の社員に会社を去っていただいたのですが、それがいちばん辛かったですね。
そのシーンはNHKのドラマの中でも描かれたのですが、ご覧になられた経営者の方々から大きな反響があって……みなさん同じようにリストラの退職推奨のご経験をお持ちで、ある方は「あのシーンを見て涙が出てきた」とおっしゃられていました。普段は感情を押し殺して冷徹に決断されていても、やはりみなさん内心は辛い思いを抱えていらっしゃるのです。ドラマ化していただいたことには、私自身も感謝しています。社長として味わってきた辛い経験や自分の弱い部分も忠実に描いてくれていて、私はスーパーウーマンでも何でもないということを世間に知っていただけた。こうした社長のリアルな苦悩を描いたドラマというのはあまりなかったようで、まわりの経営者の方々から共感の声をたくさんいただきました。
苦労しながらも地道に会社のことを想って頑張っていると、チャンスが舞い降りてくるんです。突然、「こんなことをやってみたら面白いかも」と閃くことがあって、それを掴みにいくのが楽しんですね。その時はもう“キターッ”っていう感じで(笑)、いままでの努力はこのためにあったのか!と居ても立ってもいられなくなる。いまは、やりたいことが次から次へと頭に浮かんできていて、それを楽しんでいる毎日ですね。
私は、本当は地味で大人しい性格で、自分から進んで人前に出るようなタイプの人間ではないんです。でも、ダイヤ精機の社長を務めている間は、別の人格が出てきて、とことん仕事に打ち込んで何でも楽しめる(笑)。そうした意味では天職なのかもしれませんね。
人材採用や育成、あるいは事業承継などでよくご相談をいただきます。最近は講演会に呼ばれる機会も増えましたが、参加されるみなさんの参考になればと、当社の事例をご紹介して経営手法をすべて公開しています。そうした場で「ヒントがありました」とおっしゃっていただけるとうれしいですね。
みんなで生き残っていきたいんです。これまで世界一だと言われてきた日本の製造業が衰退していくのは寂しいですし、「ものづくりニッポン」を盛り上げていく力になりたい。また、経営手法をオープンにしているのは、もっと新しいことを考えなければと自分に発破をかける意図もあります。
ダイヤ精機の社長に就いて3年ぐらいは、この会社を立て直すことに無我夢中で取り組んできました。そして経営も安定し、周囲からも認められるようになってくると、だんだんモチベーションが下がってきたんですね。その時、自分の中であらためて大義が必要だと思って掲げたのが、当社のような中小企業がみな生き残り、もう一度日本のものづくりを輝かせようということ。父は生前、東京商工会議所の大田支部の会長を務め、日本の製造業の未来を危惧していました。おそらく夢半ばだったと思うので、私がその遺志を継いでいこうと。ゴールは遥か遠くにありますが、かえってそれがいまの私の大きなモチベーションに繋がっています。
人として生きていく上で「失敗」なんてないと思うんです。それは成長するためのチャンスでしかないんだと。だからダイヤ精機では社内から「失敗」という言葉をなくしています。私も過去、それを実感したことがあって、さきほど講演会で経営手法を公開しているとお話ししましたが、最初の頃はとても評判が悪かったんです。参加者からのアンケートも「つまらない」「生意気だ」とか散々な内容で、本当に泣きそうな思いでした。でも、そこであらためて考えたんです。当時はとにかく大真面目に講演していたのですが、参加されている経営者の方々の業種も違えば課題も違う。ならば、講演の場ではとにかく面白いストーリーで楽しんでいただき、興味を持ってくれた方がいらっしゃれば後でしっかりお応えすればいいんじゃないかと。そうしてある種、パフォーマンスに徹したら評判を呼んで、いまでは年間で120回ほど講演の機会をいただくようになりました。きっと最初の頃にボコボコにされていなかったら、凹んだまま何も行動しなかったら、ここまで辿り着けなかったと思います。
本当にその通りです。私も先日、財産を注ぎ込んで新しい会社を立ち上げました(笑)。事業内容はまだ発表できないのですが、要は自分自身で起業してみたかったんです。これから中小企業の事業承継がどんどん進み、二代目三代目が増えてくると、次の課題はそうした人材が新しい事業を自ら起こせるかどうかだと思うんですね。二代目三代目は創業者じゃないので起業経験はないのですが、いま経営に携わっている人間が起業するほうがリスクも少ないですし、日本にとってもメリットは大きい。でも、若者起業家向けのスタートアップ支援はあるものの、中小企業の経営者の起業支援サービスはないんです。
ですから、まず私が実際に起業を経験してみて、またそこで得た知見をオープンにして、後に続くみなさんの役に立てればと考えています。
ええ、降りてきました。いつもの“キターッ”っていうやつです(笑)自分の起業経験を通して、あらゆる経営者の方にとっての新しい生き方や新しいチャレンジの可能性を世の中に示したい。これからまさに自分自身のキャリア第二章のスタートラインに立っている感覚です。もうとてもワクワクしていますし、失敗したらどうこうとか考えている暇はありません。大義に向かって走り出すのみです!
構成:
山下和彦
撮影:
櫻井健司
※インタビュー内容、企業情報等はすべて取材当時のものです。
other interview post
インタビューを終えて