優秀な研究者が生み出したシーズを、社会実装できる力が必要だ
まずはお二人のご経歴を教えていただけますか。
有馬さんは、自ら研究に携わるのではなく、他の研究者の成果を事業化したいという志をお持ちですが、そこに至ったのは何がきっかけだったのでしょうか。
有馬
実は私の父は農学研究に携わる大学教授で、小さい頃から「父親の仕事はどう社会に役立っているのだろうか?」とずっと不思議に思っていました。自分も同じ大学の理系学部に進学し、父が手がける研究には学術的に価値があると理解しましたが、社会にうまく届いているかというとそうではないと感じました。その中で、必要なのは“研究成果を社会実装する人間である”と思い、自分がアカデミアと社会をつなぐ橋渡しになる!とBNVへの参画を決意しました。BNVは、「研究や技術をビジネスに変える」ためのスタートアップ投資やエコシステムづくりを行っており、商社とは文化の違うVCで自分が通用するのかという不安もありましたが、この会社の事業内容や目指す方向性に共鳴し、入社を決めたのです。
VCの枠にとらわれず、起業家支援のために経営人材も自ら供給する
VCとしての御社の特徴は何だとお考えでしょうか。
伊藤
創業時から、ディープテックのスタートアップ、当時は大学発ベンチャーと言われていましたが、ここに事業化のための十分な資金を供給するVCを目指していました。また、資金だけでは解決できない問題もたくさんあって、たとえば経営を担えるような人材を供給したり、あるいは大学側で事業化を支援できる仕組みの構築などにも当初から取り組んでいました。
人材の供給に関しては、実は3人目の社員にヘッドハンターを採用したんですね。その直後にVC業界では初の人材紹介業のライセンスを取得し、経営人材のプールを設け、起業を考える大学の先生と経営者をマッチングして創業チームを作るプログラムをスタートしました。こうして資金以外の面でも研究者を支援し、10年以上にわたってそのノウハウを蓄積していることは我々の特徴のひとつだと思っています。
最近、VC業界では“VCHR”が一般化してきましたが、御社がその先駆けでいらっしゃったのですね。
伊藤
そうだと思います。日本のVCというのは元々金融機関から派生した会社が多く、VCは資金供給という投資業務に注力し、人材は人材会社がカバーするという考えが一般的だったと思いますが、我々はスタートアップ界隈でニーズがあり、それを解決できる手段があれば、VCの枠組みを超えた取り組みをやってもいいという発想で事業に臨んできました。だから、結果的に経営人材供給も先駆けになった感じですね。
あと、我々としては大学の先生方と起業する前から、お互いに共感し、意気投合して一緒に事業化を進めていきたいと思っています。我々がいたからこそ新たな事業が生まれた、という機会を沢山作るためにも、シードからの投資にこだわっています。しかし、シード段階のプロジェクトの良し悪しを判断するのは難しく、それを確実に見極めるために、我々は有望な技術領域ごとに高い専門性を持つキャピタリストのチームを作り、現状では「医療ヘルスケア」や「創薬バイオ」、そして有馬さんが関わる「アグリ・フードテック」に加えて、先日立ち上げた3号ファンドからは「AI」や「宇宙」、「クライメートテック」の領域もカバーしています。こうして、キャピタリストがそれぞれ自分の専門領域に特化してスタートアップ支援にあたっていることも、当社の特徴だと思います。
ディープテックのスタートアップ投資に力を入れるVCは最近増えていますが、競合と比較して差別化できる点はございますか。
伊藤
我々は、「優れた研究を事業化するエコシステムを社会に作る」という思想で事業に臨んでいて、その意識や取組みは同業他社の方々と比べても相当強いと思っています。スタートアップに投資をしてただリターンを得ることだけが目的ではなく、我々の取り組みを通して業界全体の底上げを図りたい、また図らなければいけないと強く思っています。アカデミア発のディープテックのスタートアップ投資環境はまだまだ未成熟で、素晴らしい研究者はいるものの経営の担い手が相対的に少ない状況です。しかしながら我々としてはこの領域が非常に魅力的だと、多くの投資家の方々、そして経営者候補の方々に認識してもらいたいと考え、そのために、投資検討先以外も含め、多くの創業前のプロジェクトを、我々が提供するアクセラレーションプログラムの中で手厚く支援してきました。その甲斐あって、この10年で徐々にエコシステムが築かれている手応えを感じています。
キャピタリストがそれぞれ高度な専門性と裁量権をもって投資を実行
有馬さんは、VC未経験で御社に参画されましたが、入社されて何かご苦労されたことはありましたか。
有馬
VCに関する知識もスキルも持ち合わせていなかったので、当初はやはりキャッチアップするのに苦労しました。ただ、BNVは早くから個人に機会を与えて任せてくれる文化があり、私も伊藤さんとペアを組んでいろんな案件に携わらせてもらいました。最初の半年ほどで、自分が発掘してきた案件を含めて5件ほどDDを実行しました。その過程で自分のやりたいことを訴えていくと、裁量権をもって取り組める機会を次々と与えていただきました。おそらく他のVCなら経験できなかったようなことを物凄いスピード感でチャレンジさせていただき、個人的にはとても感謝しています。
伊藤
VC未経験で中途で入社された方が、すぐ投資できるような投資案件を発掘するのはなかなか難しいと思います。ですから、その人の希望する投資領域の案件を抱えているパートナーとまずペアを組み、パートナーの案件を任せてもらい一緒に投資を実行していく形で、当社で求められる知識やスキルを身につけています。有馬さんは非常にキャッチアップが早くて、3年でパートナーに抜擢しました。
入社3年でパートナーに就任するのは異例の昇格スピードです。具体的に有馬さんの何をご評価されたのでしょうか。
伊藤
先ほど、当社はキャピタリストがそれぞれ専門分野をもってスタートアップ支援にあたっていくというお話をしましたが、有馬さんは入社時から「アグリ・フードテック」の領域を究めたいという明確な意志があり、そこに対するコミットも強い。また、我々のポートフォリオを運用していく上では、エクイティだけでは不十分であり、政策と連携させて助成を得ることも必要です。その点でも有馬さんは、たとえば農水省を巻き込んでスタートアップ支援のための仕掛けを企画推進するなど、そうしたアクションを自ら起こせる人材でもあります。我々は、VCの枠組みに縛られず、必要だと思えば前例がなくてもチャレンジしていきたい。未知の世界に挑戦している起業家を支援する我々も、単なるサポーターではなくチャレンジャーであるべきだと思っていて、有馬さんはまさにそれを体現できるメンバーなんですね。まだ投資のリターンは出ていないものの、彼のポテンシャルも含め当社のパートナーにふさわしいと判断して就任してもらいました。
有馬さんのようにVC未経験で参画しても、御社の理念やカルチャーにフィットすれば、早期にパートナーになれる機会があると捉えてよろしいのでしょうか。
伊藤
現在当社に在籍している若手のキャピタリストたちには、みな早々にパートナーになってほしいと伝えています。また、今後は女性のキャピタリストをさらに増やしていきたいと思っていますし、将来女性のパートナーにも就任してもらいたいと思っています。これから入社される方もチャンスは大いにあるので、ぜひ目指していただきたいですね。
研究者を取り巻くエコシステム構築に貢献できることなら、何でもできる
いまディープテック領域のスタートアップ投資で大きな存在感を示されている御社ですが、将来に向けてどんなテーマにチャレンジしていきたいとお考えですか。
伊藤
投資に直結する話ではありませんが、やらなければならないと思っているのは、研究者にとって望ましい環境の整備です。日本はいま研究者がどんどん減少しており、先進国のなかでも博士を志したいと希望する高校生の割合が圧倒的に低いんですね。その裏には、博士号取得後のポストだとか、あるいは研究者の流動性の低さとか、日本ならではのさまざまな問題が潜んでいます。世界では博士にきちんと報酬が支払われるのが当たり前ですが、日本にはそうした環境が整っていません。博士になっても良い待遇が期待できないので、研究の道を諦める人も多く、若い人にとっても魅力的な職業ではないと思われています。こうした状況を変えていかなければ、我々自身の事業も成り立たなくなりますし、何よりも日本の科学技術が衰えれば、それは日本という国そのものが衰退していくことにもつながっていきます。そこにたいへん危機感を覚えていて、当社も創業10年経って社会的に認知も高まり、前よりは我々の声も聞いていただける立場にもなってきたと思うので、いよいよ本格的に行動を起こす段階に来たと思っています。
有馬
伊藤さんのおっしゃる通りで、本当に何年後になるかわからないですが、私も優秀な研究者の方々が世間に認知をされ、大いに活躍する環境をつくり上げたいと思っています。そのためには、やはりスタートアップが盛り上がっている状態がとても大事だと思っていて、日本のアカデミアから世界に感動を与えるようなディープテックのスタートアップが誕生して注目を浴び、その姿を見て若い人たちが研究者に憧れるような社会にしたい。そうした企業が次々と生まれるための力になりたいと思っています。
今後もベンチャーキャピタリストを積極的に採用されていくとのことですが、どんな方が御社で活躍できるとお考えですか。
伊藤
VCというのはお金でお金を生むビジネスで、特に金融系だとその色が強いと思います。しかし、いわゆる投資だけを純粋にやりたい人は当社にフィットしないと思っていて、そこに加えて研究者と一緒に事業を創り上げていくという、そんな手触り感を味わいたいという人、いわば投資家と起業家の両面を持つ人のほうが当社に向いていると考えています。新たに入社した方に私が意図して経験させているのは、社内で自分のプロジェクトを持って、起業家のように周りを巻き込みながら予算を獲得し、形にしていくこと。そうした機会を敢えて設けて提供しています。それは、我々の投資スタイルを実践する上でも生きると思っていて、自分で事業を動かす経験をすれば、投資先の経営者にも有益なアドバイスができる。なので、経営にまで自ら関わりたいという志向をお持ちの方は、当社でのキャリアは魅力に映るのではないでしょうか。
あとは、自分が究めたい領域に自分の人生を賭けたいというぐらいの志をもっている方がいいですね。当社が求める人物像として私がよく言っているのは「明るいオタク」。自分の得意分野に対しては誰にも負けないぐらいの知見を持ち、かつその価値を周囲に対して積極的に発信し、誰とでもコミュニケーションできる人を求めています。ジェネラルに何でもやりたいという人よりも、特定の領域にとことんコミットしていくような尖った人のほうが、きっと当社では活躍できると思いますね。
有馬
伊藤さんの言う「明るいオタク」というのが、私もいちばんのキーワードだと思います。オタクをさらに言語化すれば、探究心と好奇心が強いことです。好奇心が旺盛でも、探究心がなければ本質的な解にはたどり着けない。とにかく自分が興味を持ったことは何でも突き詰めてしまうような人が、当社に向いているのではないでしょうか。
では最後に、VCに興味関心をお持ちの方々にお二人からメッセージをいただけますか。
有馬
もしBNVに興味をお持ちなら、ぜひ一度当社を訪問いただき、ご自身がやりたいことを相談していただきたいです。VCに興味があるのはもちろん、科学技術を社会に実装したいとか、テクノロジーそのものに関心があるとか、スタートアップに興味がある、起業家を支援したい、など何でも良いと思っています。我々が目指しているエコシステムの構築に寄与したいという強い想いがあれば、BNVならやりたいことを応援してくれる環境があります。いろんな志向、いろんな価値観の人が集うほうが社会を変える力は大きくなるので、ぜひ当社にアプローチしていただきたいですね。
伊藤
この業界に関わってもう20年以上経ちますが、我々が手がけるのはまさに「未来を創る」仕事だと実感しています。これからますます世の中に求められる仕事だと思いますし、キャピタリストはいまや人気職種になっていて、業界はますます盛り上がっています。そうしたダイナミズムのなかで「未来を創る」ことを一緒に楽しめる方に、ぜひ仲間になっていただきたいと思っています。
伊藤
私は理系出身で大学院まで進みましたが、将来は自分で何か事業をやりたいと考えていて、そのための経験を積めそうな場としてベンチャーキャピタル(VC)大手のジャフコに新卒で入社しました。しばらくはインターネット領域のスタートアップ投資に携わっていましたが、5年目に大学発ベンチャーへの投資を専門に担うグループのリーダーを任されることになり、それがBeyond Next Ventures(BNV)を起ち上げるきっかけとなりました。
当時、大学発ベンチャーは儲からない投資の代名詞のような存在で、ジャフコでもなかなか目立った成果が出ず、テクノロジーのバックボーンがある若手に委ねてみようということで私に白羽の矢が立ちました。その後、いろんな大学の研究室に足繁く訪問し、CYBERDYNEやSpiber、マイクロ波化学などの大学発ベンチャーへの投資を主導しました。そこで感じたのは、アカデミアにはユニークなシーズがたくさんあって、素晴らしい研究者もいらっしゃって、すごく面白い世界だなという事です。一方で、事業化のための資金が十分に行き届いていなかったり、優秀な研究者はいるけれども経営者がいないとか、さまざまな問題も見えてきました。それらを解決できれば、社会を変えられる可能性がもっと広がると強く感じ、ジャフコである程度結果を出せたという手応えもあって、2014年にディープテックのスタートアップを支援する当社を起業したのです。
有馬
私も伊藤さんと同じく理系出身で、大学院で生命科学を専攻していました。研究活動を続ける中で、自分自身で何かを研究するのではなく、研究者の方々が生み出した成果を事業化し、社会に目に見える形で還元したいという思いが湧いてきて、まずは幅広くビジネスを学べる総合商社の丸紅に入社しました。
入社後は穀物関係のトレーディングを手かげる部署に配属となり、そこで私は飼料用の副原料を扱うことになりました。多くのステークホルダーと関わりながら副原料の有効活用を模索していたのですが、この業界はいろんな課題を抱えていることを知って、それを解決できるテクノロジーはないかとチームで調査しました。そして3年目の時、そうした技術を持つスタートアップと出会い、投資する機会を得たんですね。しかし、商社の事業投資というのは、当たり前ですが自らのビジネスにつなげることが目的である一方で、私はスタートアップへの投資を通じて業界全体を変えていきたいという思いがあり、それを果たせる場としてBNVに参画しました。